2025年買ってよかったものランキングTOP5


自分の消費行動を振り返るド定番の企画である。
せっかくなのでランキング形式にする。その方がオチをつけやすいからね。

第5位 全自動コーヒーメーカー

昨年末近所の老舗珈琲屋に初訪問したところ、シーズン限定のセットでコーヒー豆がついてきたことがきっかけで、それまでのドリップパックではなく豆で買ったコーヒーを入れる生活になった。
とはいえコーヒーは好きだがあいにくバカ舌。風味も何もよくわからない。薄いコーヒーでも平気で飲むような人間だ。そりゃあお店で飲むものは美味しく感じるが、自分で淹れるとますます違いがわからない。なので特に高いものではなく、近所のコーヒー屋の求めやすい価格のブレンドを豆で買い、挽いてもらって自宅で飲む日々だった。
ところがある日、店で渡された袋を家で開封すると、なんと!挽いていない!丸の豆のままで入っている!!
挽いてもらいに行こうか暫し悩んだが、何度か買いに行く間に店の人からも「できたら自分で挽く方がいい」と言われていたのを思い出し、その日のうちにヨドバシで安めのハンドミルを購入。翌日には届いたので(ヨドバシすごい)早速挽いて、いつものように淹れてみる。
なんだこれ、うまい。バカ舌でもわかる。いつもの豆なのに、いつもと同じ淹れ方なのに、ちょっと店で飲む時の味に近い気がする!
もうドリップパックにも、挽いてもらってしばらく経った豆にも戻れない、それくらい決定的な違いがあった。味の輪郭がしっかりしている感じ?バカ舌だからわからないんだけど。
それから半年ほど毎朝ゴリゴリハンドミルで豆を挽く生活を続けるが、これがまあ面倒臭い。あと戻れない美味さのために渋々やるが、やりがいも楽しみも何もない。これが二人分ともなると。自分から飲むか聞いたくせに、挽いてる途中で嫌になってハンドミルでそのまま家人の頭をぶん殴りたくなる衝動に駆られるくらい面倒臭い。
そんな事件を起こしてbay-fmのニュースコーナーで報道されたら嫌すぎると思い立ち、購入したのがPanasonic 全自動コーヒーメーカー(NC-A58)。メンテナンスのしやすさと価格で決めた。それでも十分美味しいし、何よりあの毎朝のゴリゴリから解放されて超ハッピー。
全自動コーヒーメーカーを導入してから、朝のルーチンが整ったし、珈琲屋を開拓して色々な豆を試す楽しみも増えた。相変わらずバカ舌だけど、そんなふうに生活にちょっと変化を与えてくれたため5位にランクイン。

第4位 皐月賞ミュージアムマイル単勝馬券

今年の皐月賞は推奨馬ど本命でドンピシャでしたよ。弥生賞は千葉県民の義務、皐月賞は国民の義務。
しかも人気はホープフル勝ち馬のクロワデュノールが吸い尽くしてくれたおかげで、鞍上モレイラなのに3番人気の10.6倍!!!!お買い得!!!あまりにもお買い得!!!!!!!!
コスパだタイパだみみっちいことを言っているから昨今のオタクは軟弱なのだと日々主張しているわたしですが、こと馬券に関してはお得に弱い、コスパのいい馬券は大好きです。ゲヘヘ。
前哨戦の弥生賞が今年はトンデモレースだったのもあり、軽視されるんじゃないかと予想していたのですが本当にそうだった。マジックマン・モレイラの単勝が10倍台で買える日が来るなんて!!!
昨年末、競馬の神に一生のお願いをしたくらい応援していたドウデュースが引退してからほぼなくなっていた競馬熱に火をつけてくれたレースと的中だった。
そんなミュージアムマイルは有馬記念に出走する予定。天皇賞・秋は惜しくも二着だったけれど、これは単純にコース適性の差ではないかとみている。
中山コースの経験が豊富だし、有馬記念も好走するんじゃないかとは思うけど(クリスチャンも有馬記念上手いし)、皐月賞の時と違ってオッズは不味そう。あとKingmambo系は好走止まりになりがち。
だからわたしはタスティエーラに夢を見たいね。見てみなさいよ彼の馬柱、昭和か平成初期みたいなローテーションしちゃってさあ。なんで春天使ってるんですか堀先生(A.菊花賞二着だから)
わたしは弥生賞を勝って、ダービーを勝って、有馬記念勝った馬なんてなんぼいてもいいと思ってますからね。タスティエーラには頑張って欲しい。去年の我らが王、シャフリヤールのようにダービー馬の意地と輝きを見せて欲しい。頼んだぞ松山。朝日杯の時みたいなことはやるなよ松山。

【有馬記念枠順抽選会後】
タスティエーラがなんか悪いことしたってのかよこの野郎!!!!!!!お祓い行けお祓い!!!!!

第3位 ALTRAのスニーカー

基本的にどんな靴を履いても靴擦れを起こして踵をズル剥けの血だらけにするわたし、このメーカーのスニーカーは踵が細いからずれないよ!というインターネッツの言うことを信じてこの夏購入したのが、ALTRAのEXPERIENCE FORM。インターネッツはたまに本当の情報が落ちていますね、これまじでズレない。ビッタリ踵に吸い付いてくれる。感動する。
ちょっと話題は変わるのだけど、わたしかれこれ5年ほどキックボクシング、ムエタイのジムに通っていて、運動経験ほぼ皆無のへっぽこ中年ながら結構練習に熱を入れていたりする。で、必ずタイ人の先生に「蹴りの時に伸び上がれていない」「バランスが悪い」と貧弱な下半身をこき下ろされる。
しかし、特にこの「バランス」と言うのが厄介で、具体的に何のことかを聞いても誰からもふわっとした答えしか返ってこない。脚力、体幹、足裏の踏ん張り力、そのままバランス感覚、その辺りのことを全体的に指しているらしい。謎の能力、それがバランス。
そんなマジックワードなバランスだが、「じゃあどうしたらバランスが良くなるの?」と聞くと全員から同じ答えが一言で返ってくる。「走るのが一番」。聞くたびに発されるその言葉に、何度わたしは苦虫を潰しただろうか。
先ほど言ったように、わたしは基本的に何の靴でも靴擦れを起こす足をしている。キックボクシングを始めたのだって、靴を履かないで素足で運動できるからだ。加えてこれも話したように、運動は30に近くなるまでほとんどやってこなかった。中学の時に剣道部の幽霊部員だった程度だ。
想像に難くないだろう。走るのなんて何をするより一番嫌なわけだ。もう本当に嫌だ。つまらないし、膝は痛くなるし、靴擦れして風呂のたびに悲鳴を出すことになるし、何の成果も感じられないし。
一応ジムに通い始めてしばらくしてから、走れと言う圧に負けて挑戦したこともあった。どんなに頑張っても、歩くような速さで3キロが限界だった。しかも時折普通に歩いている。膝が痛い、足裏が痛い、指が痛い。体力どうこうより、その痛みに心が折れてしまっていたのだろうと今でこそわかる。
そう、それがわかるようになったのだよ、このALTRAのスニーカーのおかげで。
このスニーカーはベアフットと呼ばれるようなつま先が広めの構造(いわゆるオブリークトゥ)をしていて、さらに通常のスニーカーより傾斜が緩やかで、わかりやすく言うと素足に近い感覚をもたらしてくれる。
今年の秋ごろからまた走れの外圧に負けたわたし、そういえばこのスニーカーはジョギングに使えるんだっけと試しに履いて走ってみたらめちゃくちゃ快適で驚いた。他のランニングシューズで感じていた不快感や痛みが一切ない。あの時履いていたものだって、ランニング用の有名メーカーの評判のいいモデルだったのに!ALTRAがあまりにも快適!!
気づいたら河川敷を5.5キロくらい走破していた。びっくりした。そりゃあここ一年位、プロ志望の小学生のフィジカルトレーニングになぜか混ぜられて、ダッシュしたり腿上げしたり鬼のようにスクワットをしたりしていたが、それにしたってこんな距離を、しかも膝がだるく感じるくらいのダメージ程度で走り終えられるなんて。
ジムで報告したら会長がとても喜んでいた。これまでの頑張りの成果ですね。褒められて嬉しくなったわたし、次の言葉で血の気が引く。「この調子で10キロくらい走れるようになるといいですよ、頑張りましょう!」。
現在は5〜8キロくらいを週3で走っている。平目筋もだいぶ発達してきた。わたしもいつか謎の能力「バランス」を手に入れて立派なムエタイ選手になれるのかもしれない。なってどうするんだ。

第2位 キャラクターグッズ

みなさん好きな小説、映画、アニメ、漫画あるだろうか。その中で特にお気に入りのキャラクターは?……そう、いるなら結構。これから非常に残酷なことをお伝えするのだが、そのキャラクターは遅かれ早かれいずれ死ぬ。好きなキャラクターというのは死ぬものなのだ。……え、わたしだけ……?
という茶番は置いといて、いっときネットでも話題に上がった、「推しが死ぬオタク」(ちなみにわたしはこの『推し』というワードが好きではないのだが便宜上今回は使う)というのがこの世の中には存在する。わたしのことである。
なんせ競馬に出会って3年、走る姿を見ると心が燃え、ゴール間際の競り合いでは心臓が止まりそうになる程緊張し、レース後の姿が歪んで見えるほど涙を流し、生まれて初めてファンレターを書いた、それほどまでに愛した馬も死んだ。アスクビクターモア、なぜ死んだ。
死なれると悲しい。すごく。別に親しい間柄じゃない、向こうはわたしのことなんて知ったこっちゃない。わたしがただ勝手に心を寄せていただけのことだから。でも、寄せていたんだよ。その対象がいなくなったら、寄せていた心の一部をどこに持っていったらいいかわからない。
アスクビクターモアが2年前に突然放牧先で亡くなり、急な訃報に呆然としたわたしは、しばらくして自然といくつか購入してあった菊花賞勝利記念グッズに手を合わせていた。
死者を弔う行為は生者のために行われる、という話をこの時に実感した。ただでさえ手の届くはずがなかった存在が、その生の痕跡に近づくこともできない存在が、もっと遠く離れた死者になってしまった。わたしは、その存在を思い起こさせてくれる物体を、祈りの捧げる対象を求めていた。
10代の頃からオタクをやっているから、今までかず多くのキャラクターグッズを見てきた。
購買意欲を刺激されるものもあったし、実際購入したものもあった。しかし昨今の公式からの商業主義逞しいグッズ展開と自らのアイデンティティを誇示するかのようにグッズで身を包む人々の姿を見ていると、こういうグッズって何のためにあって、何のために買うんだろう、と自分の中の疑問が大きくなっていた。
特にわたしはモノの管理が下手だし、貧乏性なのでそういうグッズは使えないことが多い。買ってもなあ、という気持ちになるのが常だった近年。
アスクビクターモアが教えてくれた。グッズは、仏壇のために、死者に祈りを捧げるために必要。これがグッズの真価なのであると。
それからしばらくして今年、20年くらい追ってる某漫画のオキニのキャラクターたちがいよいよ死にそうという情報をキャッチした。
彼らに関するキャラクターグッズは一個も持っていない。ちょっと彼らに対してのわたしの感情や態度というのは我ながら常軌を逸しているところがあり、先ほどは「オキニ」と言ったが正しくは「自分の人生を重ねて執着しまくっている」だ。気持ち悪い。正しくないオタクがここにいる。だから持っていない、持とうとも思っていなかった。
でも、死んだらきっと仏壇が必要になる。手を合わせて、おお、死んだね……7年前から聞いてたけど、本当に死んだね……と語りかける対象をわたしは必要とするはずだ。
フリマサイトで小さいフィギュアを買った。死んだら一つずつデスクの前に飾って仏壇にしよう。そう普段使わない引き出しにしまった。祈りを捧げる対象が手元にあるという事実に、情報が耳に入った直後、激しく動揺し、10年ぶりに二次創作SSを書き出し、寝食を忘れ書き続け気づいたら5万字を超えていた、まさに乱心状態だった心に平穏がもたらされた。
なんてことはなく!!多少気持ちの持って行き方に保険ができた気がするだけで、まだ全然動揺しているし、隙あらばその辺にひっくり返って「ヤダヤダヤダヤダ」と叫びたくなるし、1ヶ月に1回しこたま酒を飲んでは同じくオタクの家人に泣きついている。
ちなみに家人は猛烈なエヴァオタであるため、わたしの通っている道はだいたい経験済みのため仏のような笑みで聞いてくれる。彼のその微笑みを見るたびに、エヴァの罪深さを感じるわたしなのである。

第1位 L’Arc-en-Ciel LIVE 2025 hyde BIRTHDAY CELEBRATION -hyde 誕生祭-定価トレードチケット

ほとんどken曲だった。他に説明いる?いるか。ちょっと書くね。
高校のときからL’Arc-en-Cielのファンをやっている。同級生と行ったカラオケで見たHONEYのPVの、手足の長いくわえタバコのギタリストに一発でやられてしまった。「誰、これ」喉を震えさせながら画面を指さしたのはこの時と、のちにFNS歌謡祭かなんかでAKBグループがずらずら出てきた際に、この世のものとは思えないほど可愛い女の子を発見してしまった時の2回だけである。
それ以来ずっとkenちゃんが好きだ。入りこそ顔ファンだったが、曲を聞き込んでいくにつれて彼の作った曲への愛が勝るようになった。自由で、おしゃれで、でも根底にやりきれない人間の情緒を感じさせる、そんな深みのあるkenちゃんの曲が本当に好きだ。
どの曲も好きだが、ハマった直後に発売されたアルバム「KISS」に収録されている「ALONE EN LA VIDA」がとりわけ思い出深い。
冬の寒い日に、受験勉強に使っていたロードサイドのマクドナルドを出て、北関東の空っ風に吹かれながら暗い夜空と自分の現状と未来を重ねて、この世界で生きることに絶望していたあの頃のわたしには、物悲しくも淡々と進むイントロのアルペジオが、情緒的だけど力強いギターソロが胸に響いてたまらなかった。こんなに綺麗な曲がこの世にあるなら、捨てたものじゃないかもしれない。いつかこの曲が生で聞けるなら、這いずってでも生きていく意味があるかもしれない。そう思わせてくれた曲だった。
そんな曲をやってくれました。L’Arc-en-Ciel LIVE 2025 hyde BIRTHDAY CELEBRATION -hyde 誕生祭-。ファンやってて20年目のことでした。もう諦めてました。どうせいつもの感じのセットリストだろうなと油断して、真冬で寒いからあったかさと動きやすさ重視で、格闘技観戦の時でも着て行かないような、毛玉のついたもこもこのユニクロのスウェット姿で聞きました。高校生のわたし、ごめん。舐めてて大変申し訳ございませんでしたhyde様。あなたこそがkenオタ界のTO(トップオタ(死語))です。これからもついて行きます兄貴。
びっくりしすぎてよくわからなくて、ライブ終わりに混乱したまま翌日分のチケットを定価トレードで買った。二日目は一緒に行く人もいないし、どうせいつものセットリストだからいいやと思って取っていなかったから。あってよかった、本当に。
チケットを取った後、Twitterで今日のセットリストをまとめてくれている投稿を探し、リストを見る。まだ頭が混乱している。こんな曲やったか?聞いてたのかわたし??この、こんな、20年前みたいなken曲オンパレードのセットリストを……?衝撃が大きすぎると人の脳は勝手に記憶を消去するらしい。この時のわたしはまさにそれだった。30分前に聞いていたはずなのに全く実感がない。
ずっと宙に浮いた気持ちだった。心地よさの余韻しか残っていない。なんだこれ。せっかくチケットを取ったんだから、明日こそちゃんと記憶に刻まなければ。
そして次の日も同じ状態になった。雪の足跡ってなんだよ。
これが2025年の1月のこと。
その後、何度セットリストを見返しても、なんとなく聞いていた時の心地よい感覚は思い起こせるものの、「本当にこんな曲やってたか?」とやはり記憶があやふやなわたしは、これまた20年振りにエレキギターを買った。聞いただけでは覚えていられないなら、弾けるようになって聞いたらまた記憶の仕方が変わるんじゃないかと期待して。
同じ時期にバイトを始めたり、走り始めたり、本を読み出したりしたせいで、あんまりちゃんと練習できていないけど、たまに弾くとなんとなくあの時感じた心地よさの余韻みたいなものが感じられる気がする。この調子で、死ぬまでには未だ理解できていないEVERLASTINGの聞き方がわかるようになるといいのだけれど。

まとめ

来年も引き続き人生のリバイバルと、一体何の実が結ばれるのかわからない身を削る運動と、死にゆくものへの祈りを捧げていこうと思います。良いお年を!